霊能者エッセイESSAY

さん花(さんか)先生霊能を磨くと自然に役目を背負わされる

電話でのご相談者の中には、「私にもちょっと霊能力があるのですが…」「霊のようなものが見えたり、金縛りにあったりします」とおっしゃる方が時々おられます。

そんなとき私は、すぐに波動修正や心、魂の浄化をさせていただいています。すると大抵の人はそれを境に霊も見えなくなり、金縛りにも遭わなくなったとよくおっしゃいます。霊能力がない一般の方は、霊やオーラが見えるなんて面白い。人の考えていることが読み取れるなんて便利だわ…と、そんな風に気軽に憧れるかもしれません。でも、現実にそういう能力を持っていると、人として生きる上では大変な重荷です。

考えてもみてください。たとえば、貴女の最愛の人が、口では「君だけを愛している」と言いながら、心の中では別の女性の顔を思い浮かべていることが分かってしまったら…いったい、どんな思いがするでしょうか。たぶん、人間というものが誰も信じられなくなってしまうでしょう。事実、私も若い時期に似たような経験を幾度かして、世の中を渡るのがとてつもなく恐ろしく感じたことさえあります。

そこから立ち直ることができたのは、ひとえに私自身の守護霊様やそれ以上の霊格を有する存在からのお導きがあったこと。また言葉と気持ちが裏腹な人が多いいっぽうで、裏表のない真心に満ち溢れた人々もたくさん生きていることに勇気づけられたことに尽きます。人間というものは、己の心の持ちようで、神にもなれるし悪魔にもなれるのだということも徹底的に学ばせていただきました。

いずれにしても、「自分はこの霊能力を使って、人のために生きるのだ」という相応の覚悟がない限り、霊能力をいたずらに磨くことは止めた方が良いと思います。元々、強い霊感が備わった人間が、秘教的な修行によって下手に霊能力を磨いてしまいますと、目に見えないあちらの世界(霊界や神界次元)から『役目』を背負わされるからです。『役目』とはすなわち、霊能力を得た者の務めとして、自分の欲望を抑え、その分、他人のために尽くす、ということです。これは、普通の人に無い霊能力を授かった代償として、神様から与えられる不可避の使命といっても良いかもしれません。そしてその使命を怠ると、あまり良いことがありません。

具体的なお話しはここではいたしませんが、一度、霊能力の道に生きると志して御神霊にも誓いを立てた者が、もし当初の心構えを忘れてしまうと、様々な形で促されたり気づきのメッセージが与えられるのです。目覚めを促す試練として、かなりネガティブな出来事が起きたりもしますし、これは人間として生きる上では非常に煩わしく、苦しいものです。貴女がもし、人々を救いたいと心から欲して宗教者や修行者などを志すのなら話は別ですが、そうでなければ、霊的には平凡な人間として生きるのが一番幸せな道であると、今の私はそう断言できます。